自分にとっての幸せは、誰かにとっての絶望【書籍『一番の恋人』の感想】

投稿日

2025.12.24

更新日

2025.12.23

出典:『一番の恋人』(君嶋彼方 著/KADOKAWA) 装丁写真:酒井貴弘

書籍『一番の恋人』は、11月に公開された映画『君の顔では泣けない』の著者が描いた、結婚以上恋愛未満の愛の物語です。

「結婚以上恋愛未満」という言葉に違和感を覚える方もいるのではないでしょうか。自分にとっての幸せは、誰かにとっての絶望になりえる、そう考えさせられる作品です。

今回は、書籍『一番の恋人』のあらすじや登場人物とともに、読んで感じたことや感想をまとめました。

感想にはネタバレを含みますので、まだ読んでいない方は注意してご覧ください。

書籍『一番の恋人』では、主人公・一番が恋人・千凪にプロポーズをしたところ、千凪からは「好きだけど、愛したことは一度もない」という返事がきます。

それから互いを理解しようと努力し、自分にとっての幸せ・相手にとっての幸せが何かを考え、葛藤する様子が描かれた物語です。

『一番の恋人』の主な登場人物を紹介します。

  • 道沢一番
    • 主人公。「男らしく生きる」という父の期待に応えながら生きてきた。名前は「何事にも一番になれるように」という父の願いで名付けられた。
  • 神崎千凪
    • 一番の恋人。「普通」になりたいと葛藤しながらも、自分がアロマンティック・アセクシャルであることに気付く。
  • 道沢勝利
    • 一番の兄。子ども時代、父からの期待に応えられず、父とはあまりよい関係性を築けていないが、実家暮らしを続けている。
  • 美波
    • 千凪の妹。結婚し子どももいる。千凪とは仲が良くも悪くもないような関係。千凪からは避けられている。
  • 柳瀬
    • 一番の会社の同期。よく飲みに行く仲。

書籍『一番の恋人』を読み終えて感じたのは、自分の幸せが誰かにとっては絶望にもなりえるということです。同時に、誰かの期待に応えようとすれば、自分の幸せを諦めることになる、そんな葛藤を誰しも持っているのかもしれないと感じます。

ここからは、ネタバレを含む書籍『一番の恋人』を読んだ感想をまとめています。まだ書籍を読んでいない方は、注意してご覧ください。

当たり前と違和感

冒頭、道沢一番の視点で物語が始まり、一番が家に帰り千凪を抱きしめたとき、千凪は小さく震えるという描写があります。

恋人が家に帰ってきて抱きしめる、世間一般の価値観でいえばいたって自然なことのように感じますが、千凪は震えている、そこに違和感を覚えました。きっと、大多数が抱く感情とは別の何かを千凪は感じているのだと思います。

柳瀬とサウナに入るシーンでは「男はほら、どうしたって女の人の裸にむらむらしたりするわけだし」というセリフがあります。果たして男性全員がそうなのでしょうか。

また、千凪が29歳であることを一番の父に伝えたとき、一番の父は「それじゃあ一番とは、結婚を前提にお付き合いしているという認識でよろしいですか?」と尋ねます。まるで29歳の女性は全員結婚を考えていることが当たり前のようです。

このように、きっと私の考える当たり前と誰かの考える当たり前はきっと違っているのに、少数派の当たり前はないもののように扱われることがあります。だからこそ、そこに違和感があったとしてもなかなか言い出せない、そんな人は少なくないのではないでしょうか。

親の期待に応えたいという価値観

「親の期待に応えたい」そう考えた経験のある人も多いのではないでしょうか。

  • 「いくつになっても、親に認められるということは嬉しいものだ」
  • 「家族には心から祝福してほしい」
  • 「お母さん、ごめん。幸せにしてあげられなくて、ごめん」

このような描写・セリフから、一番も千凪も親の期待に応えたいという気持ちがあると想像できます。確かに、親の期待に応えることが、親孝行や親の幸せにつながることがあるでしょう。しかし、子どもの生き方そのものが親の幸不幸を左右するわけではありません。

物語後半、千凪の母は千凪に対し「どんな形だっていいんだよ。千凪が幸せなら、それでいい。それがお母さんの幸せだよ」と伝えるシーンがあります。

親の期待に応えることも素敵だと思いますが、それ以上に子どもが自分なりの幸せを見つけること、それが世間一般のいう幸せの形と違ったとしても「親の幸せ=子どもの幸せ」と感じている親は多いのではないかと感じます。

正反対の感情を抱く一番と千凪

2章では千凪視点の心情が描かれており、1章の一番が抱く感情とはまるで正反対だったことに驚きました。一番が幸せを感じているとき、千凪は死刑台に向かうような、そんな気分になっているとは思いもしません。

P50の「一番が風呂から上がってくると、儀式は始まる」からの描写は、性行為に嫌悪感を抱いている人のリアルな心情が描かれています。

  • 「行為に耐える」
  • 「このえげつない行為が愛の象徴と言うのなら」

このような描写から、いかに性行為が苦痛かが伝わってきます。

しかし、千凪は

  • 「でも拒否はできなかった。だって私たちは恋人同士なのだから。こういうことをするのは当たり前だし、いつかこんなときが来るのだろうと覚悟はしていた」

と、いわゆる当たり前の価値観を目の前に、自分の気持ちを押し殺していました。きっと世間には相手のことを想って自分の気持ちを押し殺す、それが日常になっている人もいるのだろうと感じます。

覚える違和感はいつかきっと解消されるものと信じる

いつかは人を好きになったり性行為をしたいと思えたりするのだろうと、千凪がそう思っていたように、今抱いている違和感はいずれ解消される、自分のセクシャリティに気付いていないときは誰しもそう考えているのかもしれません。

しかし、時間の経過とともにどこか諦めのような感情が生まれることもあるでしょう。

  • 「恋人なんていなくても楽しかったし、かつてのように恋人ができていく友人たちを羨むこともなかった」
  • 「試行錯誤して、私は一つの結論を出した。ま、どうでもいいか、別に」
  • 「恋愛がなくたってこの世界を生きていける」

このような千凪の描写・セリフからそう感じました。

ただ、どうしてもすべてを理解できないような、受け入れられないような気持ちが残っているのは確かです。

例えば、以下の描写・セリフから葛藤が読み取れます。

  • 「周囲が当然のように抱いている感情を、私は持つことができない。まるで欠陥品のようだと感じていた」
  • 「どうして恋人という枠組みに押し込めたがるんだろうか」
  • 「愛も恋も、全部気持ち悪くて仕方がない」
  • 「大丈夫、愛があればなんだってできるよ。じゃあ、愛がないとなんにもできないのだろうか」
  • 「でも、周りと違うことが苦しい。できるだけ普通でいたい」

きっと世間一般とは異なる自分の価値観を、せめて自分のなかだけでも受け入れたいという思いと、世間が思う普通と同じように感じられたらどれだけ楽なのだろうかという葛藤がそこにはあると思います。

名前がある、自分の考えが形になるという安心感

千凪が「アロマンティック・アセクシャル」という言葉を知ったシーンでは、「頭の中がどんどんクリアになっていく」という描写があります。

自分のセクシャリティを自認していないあいだのモヤモヤがどれだけ苦しいものかを表していると同時に、ほかにも同じような人がいると分かったときの安心感ははかり知れません。

「自分は欠けている」そう思っていたことが、実は違ったと分かるだけで、救われる人は多いはずです。

また、一番と千凪が別れ、各々の日々を過ごすなかで一番は「やっと分かった。僕は千凪と話がしたいのだ」と気付きます。このとき、一番は何か心のなかで決心がついたような、そういう風に感じました。

当事者も当事者の近くにいる人も、自分が何をしたいのか、何が自分にとっての幸せなのかが分かっていない状態は、どこか頭にもやがかかっている、そのように思えるかもしれません。

新しい価値観を知ることで世界の見え方がまるっと変わる

当事者が自分のセクシャリティに気付くことはもちろん、当事者でなくても新しい価値観を知ることは世界の見え方が変わるきっかけになるように感じます。

  • 「ずっと自らの運命を呪ってきたであろう彼女を抱き締めて、頑張ったね、もう大丈夫だよと撫でてあげたくなる」
  • 「柳瀬が以前言っていた言葉が脳裏に蘇る。女になりたいわけじゃないけど、男でいたくない」
  • 「ただ単純に、男であることが嫌だった」
  • 「下品な単語が大声で飛び交う。(中略)気色が悪い。彼らの会話が耳に入ってくるにつれ、不快感で吐き気が押し寄せてくる。」

このような描写・セリフから、一番はこれまで理解できなかったことを徐々に理解したり、これまでの自分の行動が誰かを傷つけていたかもしれないという気付きにつながっています。

世界の見え方は、視点が変わる・増えるだけでこんなにも違うものだと実感させられます。

「理解したい」という気持ちと矛盾する葛藤

一番は千凪からカミングアウトを受け、一生懸命理解しようと努力していました。ただ、一番は当事者ではありません。どうしても引っかかる部分があり、分かっているようで分かっていないような、そんな感覚だったと思います。

  • 「千凪は僕に訊いた。一緒にいたいっていうのは、結婚って形じゃ駄目なのかと」
  • 「自分が情けなかった。千凪に触れなくてもいい、最大の理解者として傍にいられればそれでいいと、本気で思っていたはずなのに」
  • 「矛盾した二つの感情でぎゅうぎゅうに縛られている。一体僕は何がしたいのか」

きっと一番なりに理解して行動していたはずで、それでも体が言うことをきかない、その葛藤する姿に、私は愛を感じました。

相手を傷つけないように自分の気持ちを押し殺す、それはまるで千凪が普通を装い、恋人・一番を傷つけないようにしていた姿と重なります。

一番は千凪への愛が一方通行のように感じていましたが、2人のあいだにはお互いを想う愛があったはずだと感じました。

私たちはいつのまにか世間一般の価値観が根付いている

最近はよく多様性の時代だといわれます。頭ではマイノリティの価値観を理解しているつもりでも、頭や心のどこかではそうじゃないんだと、はっとさせられる瞬間が多くありました。

例えば、以下のような描写があります。

千凪が容姿端麗な女性を見て、

  • 「『もったいない』と感じてしまった自分を恥じる。その類の恋愛的な考え方をされるのが、私は何より嫌いだったはずなのに。無意識に自分のなかにも根付いてしまっている」
  • 「父の言葉に揺らぎそうになるのは、僕の根底に父の考え方がしっかりと根付いているからだ」

セクシャルマイノリティ当事者であっても、当事者の気持ちを無意識的に無視してしまう瞬間があるのだと感じます。幼い頃から根付いている世間一般の“普通”がそうさせているのではないでしょうか。

必ずしも理解してもらえるとは限らない

父からの理解を得ようと一番は説得を試みます。

  • 「じゃあ、恋をしてない人は人じゃないってこと?」
  • 「ねえ。恋をしてないと、人生は始まらないの?」
  • 「そうだよね。恋愛なんかで、人の価値は決まらないよね。誰かを好きになることのない人生だって、ちゃんと人生だ」

しかし、一番の父は「誰かを好きになったことがない人なんて、いるわけないだろう」ときっぱり答えます。

理解して欲しいと葛藤する一番と、世間一般の価値観がまるで正だと言わんばかりの父は、交わることがないのかもしれません。

親の幸せは子どもの幸せだと感じる親が多いのではないかと前述しましたが、必ずしもそうとは限らないと示しているようです。一番の父の場合、子どもが自分の期待通りの人生を歩むことが幸せなのでしょう。

もちろんそれも価値観のひとつであり、否定されるべきではありません。しかし、その価値観で誰かを否定することになるかもしれないと理解しておかなければ、自分の価値観を押し付け、無意識のうちに人を傷つけてしまう可能性があるといえます。

自信を持てない価値観

  • 「僕の選択は間違っていたんだろうか。結局、誰も幸せにならない方法を選ぼうとしているんだろうか」

世間一般の価値観だけが正しいと思い込んでしまうと、自分の選択に自信を持てなくなってしまうことがあるかもしれません。ましてや、世間一般の価値観のせいで、自分らしくいられるはずの選択を諦める人だっているでしょう。

  • 「ごめんって、言ったんだ。千凪は」
  • 「好きになれなくてごめんって、言ったんだよ、俺に」

人を好きになれないことは決して悪いことではありませんが、そのせいで誰かを傷つけてしまうと思うと心が苦しくなって謝ってしまう、そうやって自分の価値観に自信を持てない人は大勢いるのだろうと感じます。

世間一般と違う価値観を誰かにぶつけること、理解してもらうことは難しいことです。そこにはきっと、分かって欲しい人に分かってもらえない苦しさや煩わしさがあります。

果たして価値観に正解はあるのでしょうか?

世間一般の大多数の意見が正解になってしまうのでしょうか?

きっと幸せの形は人それぞれ違います。

自分だけの幸せの形、自分のための生き方

  • 「だーからぁ。別に親のためにやってんじゃないっつーの。私は私のためにしてるだけ。親孝行とか関係ないし」

そんな千凪の妹・美波のセリフにはっとさせられます。どんな選択も自分のためにあるはずで、誰かのためではありません。誰かのための選択をしても、その誰かが責任をとってくれるわけではないのです。

  • 「真凜の頭を撫でる。えへへと笑っている。さらさらの髪の毛と、汗の匂い。これが、美波の幸せの形」

この描写からも、人それぞれに幸せの形があってよいのだと気付かされます。美波の場合、たまたま世間一般がいう幸せの形と同じだっただけで、決してそれだけが正解ではないのです。

アロマアセクの団体に所属する陣内が千凪の話を聞きながら、

  • 「それも一種の愛の力じゃね?」
  • 「そんなん、めっちゃ愛じゃん」

と言います。

他者の話を聞いていて「それは愛だ」と認められても、自分ごとになるとそれが愛ではないと不安になるかもしれません。しかし、愛の形も人それぞれで、色んな愛があります。

家族に向ける愛、恋人に向ける愛、友人に向ける愛、趣味に向ける愛、どれも認められるべき感情です。

ただ、恋愛や結婚における愛だけが愛情と呼ばれる感情なのだという思い込みが、色んな愛の形に気付くことを遅らせてしまうのかもしれません。

  • 「一番のことは好きだ。きっと一番が寄せてくれる愛情とは全く別種だろうけれど、それでも一番と離れてしまうことを思うと、すごく寂しくなった」
  • 「周りからどう見られてるかとか、そんなんどうだっていいよ。僕は自分が居心地が良くて、楽しければそれでいい。結句何より大事なのってそこだろ」

このような描写・セリフから、一番と千凪のあいだには確かな愛と相手を想う気持ちがあるのだと確信させられます。心地よくいられる関係性に愛がないなんてことはないでしょう。

互いが恋人やパートナーと認識するのであれば、世間一般でいう恋愛や結婚の愛がそこになくても、2人は信頼関係・絆で固く結ばれているように感じます。

セクシャルマイノリティの選択肢は広がっている

セクシャルマイノリティの人はときに孤独を感じます。このまま恋人・結婚相手・パートナーがいないままだと、将来どうなってしまうのかと考えてしまうためです。

そんなとき千凪は、アロマンティック・アセクシャル同士の「シェアハウス」という選択肢を知ります。

  • 「シェアハウス。その単語に、初めて心が動いた。一人で生きるのが怖い。誰も傍にいないままの人生が怖い。そう感じているのは私だけではなかったということだ。助け合いながら過ごす。すごく理想的な形のような気がした」

さらに、アロマアセク団体の一員である一ノ瀬と陣内は、アロマンティック・アセクシャルの当事者同士でありながら、2人は結婚もしていました。夫婦間に性的関係を持たない、いわゆる友情結婚です。

セクシャルマイノリティ同士で結婚せずに支え合いながら一緒に住んだり、互いにパートナーが欲しいと感じれば友情結婚をしたり……このようにセクシャルマイノリティの選択肢は少しずつ広がっています。

書籍『一番の恋人』は、2024年5月31日に発売された、著者・君嶋彼方による小説です。

公式サイトのレビューには、
「千凪と一番の葛藤、2人の間には愛ではない何かがきっと存在している」
「一番くんは自分の価値観を確立しつつあるようです」
「でもやはり一番に共感してしまった」
「一番の親がひたすら気持ち悪かった」

など、登場人物に寄り添い、共感する声が多いように感じました。

ただ、著書を読んで抱く感情も人によってまったく違うはずです。さまざまな立場にある人・価値観を覗くよい機会になるのではないでしょうか。ぜひこの機会にお手に取ってみてください。

書籍『一番の恋人』は、価値観・セクシャリティの異なる2人が葛藤しながらも、互いを理解していく物語でした。

世間一般のいう恋愛や結婚における愛情がないとしても、愛の形はさまざまで、2人のあいだにはまた別種の愛があると感じました。

伝えてみると理解してもらえること、説得しても受け入れてもらえないこと、どちらの場合もあるでしょう。ただ、分かり合える2人がそこにいるのなら、当事者にとって大きな安心感につながるはずです。

書籍『一番の恋人』は全国の書店・オンラインで発売中です。この機会にぜひお手に取ってみてください。

カラーズ代表中村も書籍出版しました!
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【書籍情報】
書名: 『友情結婚 新しい結婚の選択肢』
著者: 中村 光沙 出版社: 幻冬舎

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まつもとしおり
著者:まつもとしおり

Webライター4年目。BtoBマーケティングや不動産関連など、複数のWebメディアで記事制作を担当。 読者に伝わる言葉を大切に、より多くの方に価値ある情報を届けてまいります。

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